
タオが「天神X」の先生用管理アプリに、生徒へ送るコメント作成をAIが補助する機能を足した、というニュースを読んだ。
正確には、生徒の学習データをもとにAIが文章のたたき台を作り、教員はそれを自分の言葉で直して送る、という形らしい。入っているのは学習塾や放課後等デイサービス、フリースクールなどだ。
フィードバックが学びにとって大事だというのは、たぶん誰も否定しないところだろう。やったことに対して、誰かが言葉を返してくれる。それがあるかないかで、子どもの伸び方はずいぶん変わる。
しかも今回のは、AIが勝手にコメントを書いて送る、という型ではない。たたき台を渡して、最後は人間が自分の言葉で仕上げる。
まあ、最低限のラインは守っている感じがする。
ただ、ここからが本音なのだけど…
浮いた時間は、どこへ行くのか
記事の理屈はこうだ。「何を伝えるか」に迷う時間が減って、その分を生徒や保護者との直接のやりとりに回せる。狙いとしてはまっとうだと思う。
でも、現場にいる感覚で言うと、浮いた時間がそのまま対話に回ることは、あんまりない。たいてい別の何かで埋まる。自分も日々それに苦しんでいる側だから、よく分かる。
だから、たたき台で時短できること自体はいい。
けれど、そもそもの仕事量や課題の量に手をつけないまま「浮いた分を対話に」と言っても、それは絵に描いた餅になりかねない。
気の利いたコメントをAIに作ってもらわないと回らない、という状況のほうを、もう少し疑ってみてもいいんじゃないか。
受け取る側の体力
コメントが速く・安く作れるようになると、量は増える方向に動きやすい。
これは天神Xがそう言っているわけではなくて、自分の予想だ。でも、たぶんそうなる。
ここで子どもの側に立ってみる。返ってくる言葉を、全部受け止めて、消化して、次に活かす。それができる前提で量を増やしていったら、どこかで容量を超える。
自分のいる高校だと、学習指導要領の指導事項として学ぶことも、学校の外で体験すべきとされることも、すでにかなり多い。
塾やデイやフリースクールでも、子どもが抱えているものは決して軽くないはずだ。 送る側を効率化する話と同じくらい、受け取る側の体力を、そろそろ考え始めてもいいのかもしれない。
「これはAIが下書きした」と分かったとき
子どもにたたき台がAIだという前提が共有されたとき、あるいは子どもが薄々それを察したとき、その言葉は、一から教員が考えた言葉と同じだけの効果があるのだろうか。
ここは正直、自分にもまだ分からない。
だから、補助機能がダメだと言いたいわけではない。たたき台はAI、仕上げは人間、という線引きはむしろ現実的だと思う。ただ、「これはAIが書いているかもしれない」という印象が、フィードバックにどのような影響を与えるのかは不明である。
だから、AIを使うなという話ではない。AIがフィードバックできることとできないことがあるという話だ。
だから、フィードバックは、増やせばいいというものでもない。
たたき台で速くなったぶん、問われるのは「どれだけ返すか」ではなく、「どこに、どんな言葉を、自分の責任で返すか」のほうなのだろうと思う。
便利になったぶん、考えることはむしろ増えた…まあ、そういうものなのかもしれないなぁと思う。




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