
何か見たわけです。何を見たのかは書かないけれども、生成AIと著作権の関係について、根拠の怪しい説明が堂々と流れていくのを見て、少し気が重くなったのである。
良い機会なので、文化庁の令和6年度著作権セミナー「AIと著作権Ⅱ」の資料を読み直してみた。
「行為ごと」に判断されるという原則
この資料で改めて押さえておきたいのは、権利制限規定は利用行為ごとに適用の有無が判断されるという点だ。
資料には分かりやすい例がある。私用のPC上で既存の著作物と類似性のある画像を生成するだけなら、私的使用目的の複製として権利制限の対象になり得る。ところが、その画像をSNSにアップロードした瞬間、私的使用の範囲を超えて権利制限の対象外になる。
同じ構造が、学校現場では35条との関係で起こる。
学校その他の教育機関における複製等(著作権法第35条)があるから、授業の過程であれば、他人の著作物をかなり広く使える。
だから、授業の中で完結している限りはセーフだったものが、授業実践の紹介として外に発信した途端にアウトになる…というパターンは普通に起こり得るのである。
「授業で使えたのだから大丈夫だろう」という感覚のまま、教材や生成物を公開してしまうのは、かなり危ない。
「知らなかった」が通用しにくい
もう一つ、生成AIならではの怖さとして、依拠性の問題がある。
人間が作品を作る場合、元の著作物を知らずに偶然似てしまったのなら、依拠性がないので侵害にはならない。ところが生成AIの場合、利用者本人が既存の著作物を認識していなくても、学習データにその著作物が含まれていれば依拠性が推認され得る、と整理されている。
つまり「自分は知らなかった」では済まない場面があるのだ。
まそもそもアイデアと創作的表現の区別すら「個別具体的な事案に応じて判断」だと資料自身が繰り返し述べているのだから、現場の一教員が「これはセーフ」と断言できるはずがないのである。
だから、グレーゾーンに踏み込まない
グレーゾーンが広いということは、裏を返せば「白だと言い切れる範囲で動く」という選択ができるということでもある。
授業者がわざわざグレーゾーンに踏み込んで何かを公に出す必要はないし、根拠の怪しい説明を子どもの前で、あるいはネットの向こうの誰かに向けて語るべきではないだろう。
※今回は内容がかなり難しいので、AIに尋ねながら書いています。そのため、何か間違いがある可能性があるので、鵜呑みにはされないように…。




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