ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ならずものになろう

国立大学の授業料値上げは高校の進路指導をどう変えるか

岡山大学が2027年度から授業料を上げるという。留学生は2.5倍の約134万円。

univ-journal.jp

見出しはそこに目が行くが、自分がむしろ引っかかったのは、日本人学生も535,800円から642,960円へと、約11万円上がる方だった。

「たかが11万円」と言えない

数字だけ見れば、たかが年11万円かもしれない。でも、それを「たかが」と言える立場に、自分はいない。

自分自身、国立大学の出身である。しかも今より安かった時代の授業料で、免除と奨学金の合わせ技で、学部から大学院までの6年間をなんとか通わせてもらった。

この制度がなければ、大学院どころか学部の途中で進路を変えていたかもしれない。だから、年11万円という額が、ある家庭にとっては「進学するかしないか」を分ける致命傷になりうることが、実感として分かってしまうのである。

進路指導の現場では、長く「国立なら学費が安いから」という一言が、一種の安心のように機能してきた。その前提が、少しずつ崩れていく…。まあ、まだ11万円ではあるのだけれど。

大学を責めたいわけではない。2004年の法人化以降、運営費交付金は削られ続け、授業料の標準額(535,800円)は20年ほど据え置かれてきた。

東京大学も2025年度から642,960円へと、20年ぶりに上げている。岡山大学の1.2倍という幅も、この標準額の上限と同じだ。経営判断として値上げに踏み切る理屈は、理解できる。

問題は、その財源のツケが、最終的に誰の家計に回るのか、という一点なのだと思う。

留学生2.5倍、という設計

岡山大学は留学生を約134万円まで上げる一方で、成績優秀な博士課程の留学生は増額分を免除し、英語学位プログラムの上位者は日本人と同額まで引き下げるという。国際化を進める財源を、留学生の授業料そのものから捻出しにいく。そういう設計に見える。

この設計が良いのか悪いのか。留学生政策や大学経営そのものの是非は、自分の専門を大きく外れるので、正直、ここは判断しきれない。

ただ、進路指導という視点に引きつけると、「地方の国立大学=手の届く堅実な選択肢」という、これまで割と共有されてきた像が、大学ごとにばらけて見えにくくなっていくのだろうな、とは思う。

進路指導は、もう「入学後」だけの話ではない

授業料は、あくまで「入ってから」の負担である。今の高校生が直面しているのは、その手前の「入るまで」が、すでに高いという現実だ。

受験料は上がり、英語の外部検定はスコアのために受け直せば、そのたびに費用がかかる。第一志望の発表を待つあいだの延納金の問題もある。

家庭は「入るまで」と「入ってから」の総額で進学を判断しているのに、進路指導で我々が机に広げているのは、いまだに偏差値の一覧であることが多い。

「迷ったら安全志向で国立」。

何十年も使ってきたこの助言が、もう無条件には成り立たない時代に入りつつある。かつて自分が受け取った制度の恩恵を、目の前の生徒たちも同じように受け取れるのか…。

情報の格差が、そのまま進学機会の格差になっていく。

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