
先週、文部科学省の情報・技術ワーキンググループが次期学習指導要領の骨子案を公表したというニュースを見た。
小学校に「情報の領域(仮称)」、中学校に「情報・技術科(仮称)」という新しい教科の枠ができ、高校の「情報I」「情報II」もAIやデータサイエンスを軸にぐっと重くなるらしい。
国語の領分が、また少し狭くなると考える人がいるかもしれない。前向きにも後ろ向きにも。
「情報の領域」「情報・技術科」とは何か
骨子案では、小学校の総合的な学習の時間に「情報の領域」を新設し、コンピュータの基本操作からAIの仕組み、そして情報の信頼性を見極めるメディアリテラシーまでを、探究的な学びとセットで扱うとしている。
低学年は体験的な活動を中心にし、中学年以降は基礎を学ぶ「情報ブロック」と、課題解決に活かす「ミニ探究ユニット」を組み合わせて進めるそうだ。中学校では技術・家庭科から技術分野を独立させて新教科をつくり、高校の情報科も実社会の課題に踏み込む内容へと変わっていく。
ちょっと気になったのが「情報の信頼性を見極めるメディアリテラシー」という一節だった。国語の授業の中で、なんとなーく、自分たちの持ち場だと思い込んでいた仕事が、制度上は隣の教科の名札をつけて歩き出していくようにも見える。
国語科が実質的にやってきたこと
とはいえ、思い返すと国語科の中心的な課題として、「メディアリテラシー」という看板を掲げてはいなかったのも事実である。
とはいえ、「情報」という教科が制度として整ったからといって、自分たちの仕事がまるごと消えるわけではないだろう。情報科が扱うのは、どちらかというと仕組みを理解し道具として使いこなす力で、国語がずっと扱ってきたのは、言葉そのものへの疑い方や行間の読み方だ。
近い場所に立ってはいるが、重なりきらない部分は残る気がしている。
棲み分けか、連携か
教科の看板が立てば、時数も予算も研修も、そちらに手厚く配分されるのが学校というところの現実だ(このあたりの温度感は、学校によってかなり差があるだろうが)。「国語でもやっているから大丈夫」という言い分は、新しい教科の存在感の前では分が悪い。新しい教科や科目が始まるという時には何かが削られるのだから。
連携という言葉は聞こえがいいが、具体的に何をするかとなると急に解像度が下がる。総合的な探究の時間で情報科と国語科が同じテーマを別の角度から扱う、くらいのことは現実的にできるかもしれない。
ただ、教科の壁を越えた時間割調整がどれほど大変か、現場にいる人間なら誰でも知っている。理想を語るだけでは、たぶん何も変わらない。
対立をあおりたいわけではない。ただ、教科の再編というのは、自分たちの仕事の輪郭を問い直すちょうどいい機会でもあるはずだ。「情報活用能力」という言葉を、国語科は誰かに明け渡すのか、それとも自分の言葉でも語り直すのか。




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